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      <title>BRICｓ投資大調査！</title>
      <link>http://brics.johohouko.net/</link>
      <description>BRICsの投資に関する情報を提供します。インド・ロシア・中国・ブラジルの四カ国が、BRICsと呼ばれる経済産業の発展著しい国々のことです。急速に上昇する、株式・ファンド（投資信託）の情報や、経済動向や歴史をみてまいりましょう。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
      <lastBuildDate>Wed, 26 Dec 2007 10:42:13 +0900</lastBuildDate>
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         <title>ブラジルによる日本企業買収とそのメリット</title>
         <description>ブラジルの企業も日本の企業を狙い始めている。
沖縄県にある南西石油は、ブラジルの国営石油会社、ペトロブラスから買収交渉を受けている。


この南西石油は、沖縄県の工場出荷額６０００億のうち、約４分の１の１３００億を占める。
返還前の１９６８年に設立された南西石油の施設の老朽化が進めば、やがて事業が
縮小されるのではないかという地元の心配がこれによって解消されるかもしれない。


その他、ホテルなども多くの外資が買収している。

北海道でも、オーストラリア企業にリゾート施設を買収されたニセコ村に代表されるように
外資の買収によって地元経済を潤している例は沢山ある。中央で言われている
「外資脅威論」など、潤っている地方からすれば虚しいものだろう。


国内企業が外国企業に買収される国別ランキングで日本は３９位にとどまっている。
ＢＲＩＣｓ各国はもちろん、レバノン（３５位）、マレーシア（３７位）にも及ばない。


世界中で活発に行われている国境を越えたＭ＆Ａの潮流から日本は取り残されている。
世界はまだまだ日本の技術や市場に関心を持ち続けている。

その様な機会があるのにみすみす「外資脅威論」だけでこの話をフイにすることが
正しい戦略なのだろうか。勿論、企業活動が国防と密接につながっている場合もあり、
機密漏洩などへの警戒は必要である。それでも、今のままでは市場規模と比べると
日本は確実にＭ＆Ａ後進国である。買われる側の選択肢が増えているだけに
今一度考えてみる必要がありそうだ。</description>
         <link>http://brics.johohouko.net/2007/12/post_68.html</link>
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         <category>10BRICs - ブラジル情報</category>
         <pubDate>Wed, 26 Dec 2007 10:42:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>中国の石油自力開発</title>
         <description>石油消費量の伸びは、一旦鈍化したとはいえ、問題はこの先経済の成長に伴い、
また消費量が急激に伸びる可能性があることにある。こうした問題に対して、
長年経済計画に基づいて国の運営を行ってきた中国は、”市場”に頼るということに
対して全幅の信頼を置いていないようである。


その証拠に国内での供給不足に備えて、国有石油企業に国外へと進出し、
石油を確保するよう推奨している。現在、国有企業４社が世界約３０カ国
（イラン、イエメン、チュニジア、オマーン、モロッコ、アルジェリア、シリア、
サウジアラビア、リビア、ＵＡＥ、スーダン、ナイジェリア、アンゴラ、ニジェール、
ガボン、チャド、モーリタニア、（マリ）、サントメＪＤＺ、タイ、インドネシア、
パプアニューギニア、ミャンマー、オーストラリア、フィリピン、モンゴル、
ベネズエラ、ペルー、エクアドル、キューバ、（ボリビア）、カザフスタン、
アゼルバイジャン、（ロシア）、（ウズベキスタン）、（トルクメニスタン）、
カナダ：カッコ内は交渉中）に進出しているが、今後も市場に頼らず
”現物確保”を追求する可能性が高い。


しかし、こうした行動は、国際石油市場にとって大きな不安定要因となり、
より一層の価格高騰招く要因になりかねない。


製品価格の統制撤廃、開発投資への政府関与縮小、国有企業の
情報公開促進など踏み込んだ市場化を進めることが中国にとっても、
世界にとっても必要となってくる。</description>
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         <category>40BRICs - 中国情報</category>
         <pubDate>Tue, 25 Dec 2007 16:39:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>中国による日本企業買収が成長に</title>
         <description>買収というと、暗いイメージがどうしても抱かれがちだが、
中国に買収されるのは、なにも、どん底を味わった企業だけではない。
中には買われる事をてこに成長を加速させようと、
敢えて有力企業の懐に飛び込む企業もある。


５月の三角合併（企業合併の方法の一つで、会社の吸収合併を行う際に、
存続会社の親会社の株式を交付することによって行う合併をいう）解禁が、
こうした動きをさらに強める可能性を秘めている。中国企業のサンテック・パワー
（尚徳太陽能電力）に株式の３分の２を収得された中堅太陽電池メーカー、
ＭＳＫはこの三角合併の第一号になる可能性がある。


このＭＳＫは、決して経営に行き詰った訳ではない。
太陽電池という２桁成長が続く将来性十分の製品を主力にしながら、
何故中国企業の傘下に入ることを選んだのか。これには原料となるポリシリコンの
価格高騰が挙げられる。この原料高が続けば、売上高２００億強の中堅メーカーである
ＭＫＳ単独では到底太刀打ちできなくなる可能性が高い。それならばすでに大企業の
サンテック（中国の民間企業として初めてＮＹ市場に上場）と組むことで競争力を
つけようと考えたことからこの買収劇となったのである。


さらに、サンテックの創業者とＭＫＳの社長は１０年前から国際会議で言葉を
掛け合う仲など抵抗心が薄かったこともあった。

ジリ貧に耐えるのか、日本の大手企業の軍門に下るのか、
それとも国際舞台で活躍しているサンテックの傘下に入るのかを比べた際、
ＭＫＳには答えは一つしかなったのである。</description>
         <link>http://brics.johohouko.net/2007/12/post_66.html</link>
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         <category>40BRICs - 中国情報</category>
         <pubDate>Tue, 25 Dec 2007 09:36:18 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>BRICｓによる日本企業買収</title>
         <description>BRICｓに限らず、世界のＭ＆Ａ（企業の合併・買収）市場は急拡大しており、
日本にもこれまでを上回る大買収時代が到来するのは間違いない。


現在でも今までには考えられなかったライバルと思われた会社同士の合併
（例：みずほフィナンシャルグループ＝富士銀行+第一勧業銀行+日本興業銀行）などが
多く行われているが、文化の違いを無視した「成功幻想」の押し付けによって、
Ｍ＆Ａの半分近くが失敗に終わってきたのは事実。


しかし、Ｍ＆Ａは本来、相手を間違えなければ、買われる側にとっても飛躍のチャンスになるものだ。
この買い手に関しても、今までは国内や欧米の同業勝ち組業者といったものが
中心だったのが変化してきている。


欧米に比べて規模はまだまだ小さいものの、ブラジル、ロシア、インド、中国といった
ＢＲＩＣｓの企業もまたＭ＆Ａを積極的に進めているからだ。こうしたＢＲＩＣｓの企業の中には、
今までのＭ＆Ａでよく見られた生き残りのために文化やシステムが大きく違うのに仕方なく
合併した企業や、ほぼ強引に合併する企業を買収してしまうような同業の勝ち組にはない
補完関係が働き、日本企業の技術に深い敬意を払う買い手も含まれている。


こういったＭ＆Ａをただの脅威論だけで済ませてよいのだろうか？

後々の社員の士気を考えるのなら、単純にライバル会社に買われたり、潰れてしまうのを
待つよりも、自分たちを本当に必要としてくれているＢＲＩＣｓ企業に買われる
幸せだってあるはずである。</description>
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         <category>01BRICs投資全般</category>
         <pubDate>Mon, 24 Dec 2007 11:32:14 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>中国による日本企業買収の成功例</title>
         <description>中国企業に買収されたことでどん底から復活を遂げた企業がある。

２００４年に上海電気集団に買収された工作機械メーカー、池貝だ。
明治時代に初めて国内で旋盤を製造した名門企業が中国の企業に買収されたときは
勃興する中国と没落する日本の象徴とされ話題になった。ところが、
実は上海電気集団の狙いはその長く積み上げてきた技術力だったのである。
それを惜しんでのことであったので、上海側にはＭ＆Ａの意識は無かったという。


また、上海側は池貝の誇りを傷つけないように最大限の配慮を払っていた。
資金と販路の面では惜しみない支援を与えつつ、池貝の技術と歴史に敬意を払い、
その自主性を尊重し続けてきた。その結果、一度は民事再生法の適用を申請をした
瀕死の会社は現在では完全に息を吹き返した。売上高も２００６年１２月期で約５０億と、
買収後の２年間で６割も増加している。両社の融合もこれまで順調に進んでいる。

その象徴が、池貝が６月に稼動させた上海の製造子会社だ。池貝の１００％子会社
という形を取っているが、工場の敷地も社員も上海電気集団が提供している。
日本からは技術指導に人材を送り込んでいる。


もし池貝が、技術に自信のある日本メーカーや短期的な利益を重視するファンドを
パートナーに選んだ場合、今のような復活があっただろうか。池貝の持つ技術や
ブランドに敬意を払い、独自の経営を支援した上海電気集団は池貝にとっての
最良のパートナーだったのである。</description>
         <link>http://brics.johohouko.net/2007/12/post_65.html</link>
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         <category>40BRICs - 中国情報</category>
         <pubDate>Sun, 23 Dec 2007 00:34:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>インドと金</title>
         <description>金が高騰している。

インフレ、サブプライムローン問題、ドル安と、何かと不安要素の多いなか
安定的な投資商品として、金に人気が集まっている。
（２００７年１１月２７日時点）

最近の金価格は、２００７年　１月初旬の６００ドルから、
現在の７８０ドルへと高騰している中、この『金』の需要が堅調なのは、
インドである。　世界のけん引役ともなっている。


インドは、慣習的に、金が珍重される傾向にある。
花嫁が金を持参する慣習もあるそうだ。

その上、経済成長で、金の消費が伸びている。

さらに、現在のドル安（円ドルレートで見た場合、１ドル＝１０８円程度）が、
インド社会にとっては追い風になっている。

金は、ドル建てで、上記のように高騰しているが、これに対して、
ルピーは、ドルに対して１０％以上きり上がっているため、
金の価格が高騰しようと、米国の不安要素が治まらない限り、
ドル安が進行すれば、その高騰分は相殺されてしまう、
という仕組みになっている。

ますます、インドの金消費は進みそうだ。</description>
         <link>http://brics.johohouko.net/2007/11/post_64.html</link>
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         <category>30BRICs - インド情報</category>
         <pubDate>Tue, 27 Nov 2007 17:23:17 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>中国の小資（プチブル）</title>
         <description>中国では、あらゆる外資系企業が、鳴り物入りで中国進出を果たして数年が経ったが、
その成果面では、最近になって明暗が分かれ始めている。

星巴克（スターバックス）と宣家（イケア）を例にとってみた。

星巴克（スターバックス）では、コーヒー１杯が２０元（一元＝約１６円）か３０元程度。
今や、オフィス街の小資（プチブル）の専門店に変貌した。
一方、ホームセンターである宣家は、北京の消費者からは冷ややかな目で見られている。
星巴克は、少子が北京で増えていることもあってか、それに比例するように増えている。
現在、オフィス街に星巴克がないと、その街の品位を疑われるほどという。


その一方で、宣家（イケア）はこの小資を迎え入れるほどの幸運を享受出来ていない。
欧米では、宣家は「低価格、長持ち、独自性」が売り物だが、中国に来ると小資専門店に変貌した。
にもかかわらず売上は今ひとつだ。来客数は必ずしも少なくないのだが・・・。

宣家（イケア）の場合、購入した商品は自分で運ばなければならない。
北京市民の平均年収である１万元払ってもそれは同じ。
消費者は、輸送料を払ってその家具を届けてもらう。そして組み立て、
据え付けも自分でやらなければならない。

ところが、中国の家具屋は、同じ１万元でも自宅まで届けて据え付けも当然やる。
さらに、宣家の売りであるシンプルさも中国の小資からは敬遠されている。
もっと豪華な方がいいということだ。


これに関しては、「このブランドを買えるほど、裕福なのだ」と見せびらかすことが、
中国人にとっては重要なのだ、とする見方も出来る。</description>
         <link>http://brics.johohouko.net/2007/10/post_63.html</link>
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         <category>40BRICs - 中国情報</category>
         <pubDate>Thu, 11 Oct 2007 10:48:50 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ロシアと科学技術</title>
         <description>ソ連は、世界で初めて人工衛星「スプートニク１号」を打ち上げ、世界で初めて宇宙飛行士ガガーリンの有人飛行を実現した。いわば、当時の宇宙科学技術における世界のトップランナーであった。そして、ロシアは旧ソ連の遺産を引き継ぐ科学技術大国でもあった。その後、ソ連は米国と宇宙科学の分野で力を競うとともに、核開発を進め大陸間弾道弾（ＩＣＢＭ）の開発に成功、米ソ冷戦時代をもたらした。先進的科学技術開発の鍵は、優秀な科学者の養成体制であり、ソ連では科学アカデミーを中心とした国家主導の研究体制が整い、優秀な研究者を大量に育成した。その基盤となるのが、ソ連式の高い教育水準で、ソ連時代の国民の識字率は９９.８％と高率であった。ソ連崩壊後、研究者育成は国の混乱と困窮の中であと回しにされ、優秀な研究者の大量国外流出を招いた。ロシアの研究者数は１９９０年の約２００万人から９０年代後半には半分の約１００万人まで減少した。</description>
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         <category>20BRICs - ロシア情報</category>
         <pubDate>Mon, 14 May 2007 19:35:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>ＣＩＳ諸国とロシア</title>
         <description>ロシアとＣＩＳ諸国の貿易量は総貿易高の二割弱を占め、減少傾向にあるとはいえ、依然重要なパートナーであることに変わりはなかった。代表的なものが、ロシア・ウクライナ・ベラルーシ・カザフスタンの四か国で締結された統一経済圏協定、中央アジア諸国とロシアが加盟する中央アジア協力機構や反ロシア色で協調したＧＵＵＡＭ（グルジア・ウクライナ・ウズベキスタン・アゼルバイジャン・モルドバ）などである。２００５年８月のＣＩＳ首脳会議では、ＣＩＳの当面の存続が決ったが、ロシアはウクライナ・グルジア・トルクメニスタンの脱退防止に苦慮した。この時点でＣＩＳを単純化すると、中央アジアではロシアに対する求心力が働き、ウクライナ・モルドバ・グルジアでは遠心力が働く。ウクライナが反ロシア色を打ち出しても、ロシアからの優遇的エネルギー供給がなければ経済が立ち行かず、他のＣＩＳ諸国もロシアとは切っても切れない関係があると言える。</description>
         <link>http://brics.johohouko.net/2007/05/post_61.html</link>
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         <category>20BRICs - ロシア情報</category>
         <pubDate>Mon, 14 May 2007 14:34:26 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>CIS諸国とは</title>
         <description>ＣＩＳ（独立国家共同体）はソ連邦崩壊に伴い、バルト三国を除く旧ソ連構成１２共和国で創設されたものである。１９９１年の創設以来、その存在意義を問われながらも存続している。ＣＩＳ諸国は、ロシアでは「近い外国」と呼ばれ、それ以外の「遠い外国」と区別されている。外交面でも経済面でもＣＩＳ諸国同士の関係は他国と異なり、ある種の気安さを感じさせるようだ。同じロシア語を話し、同じ文化基盤を共有し、同じ生活様式で暮してきたものへの親近感であろうか。ロシアとＣＩＳ諸国の貿易量は総貿易高の二割弱を占め、減少傾向にあるとはいえ、以前重要なパートナーであることに変わりはない。ＣＩＳ諸国は、ぞれぞれの国内および国際情勢により、ロシアに対する求心力と遠心力を使い分けながら各国多様化の道を歩んできた。その多様化の中で、名目的組織となったＣＩＳに満足せず、利害の一致する国と個別に協力し、必要な場合は新たな組織を創設した。</description>
         <link>http://brics.johohouko.net/2007/05/cis.html</link>
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         <category>20BRICs - ロシア情報</category>
         <pubDate>Mon, 14 May 2007 10:33:46 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>プーチン大統領の政治手腕</title>
         <description>プーチンが大統領に選ばれた理由は、ＫＧＢ出身者としてエリツィンに忠実だったことである。また、４７歳と若く、決断力に優れ、機敏な行動力でエリツィン時代に起こった混乱状態に対して、一つずつ秩序を取り戻していった。それは、地方行政府に対する連邦中央政府の権限強化であり、議会の翼賛化による政権基盤の強化である。オリガルヒ（新興財団）の政治影響力の排除であった。プーチンは、自身の出身地であるサンクトペテルブルグの人脈を重用し、鍵となるポストに配置した。その結果プーチン政権は武力省庁出身者のグループとエコノミストグループが軸となり、この力関係によりロシア政策は決定されるようになった。今はプーチン与党が議会の三分の二を占め憲法改正で自身の大統領任期の延長も可能とした。外交面では、大国ロシアの威信を取り戻そうと米国を最重要視し、国際環境に応じ対応している。わずか５年にして強い国家権力を持つ大統領になった。</description>
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         <category>20BRICs - ロシア情報</category>
         <pubDate>Sun, 13 May 2007 18:33:06 +0900</pubDate>
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         <title>プーチン大統領とＫＧＢ</title>
         <description>８０年代後半に登場したゴルバチョフ書記長の指導の下に「ペレストロイカ（建て直し）」政策が進められた。９１年８月の政変を契機として一気に崩壊が始まり、ロシア連邦第一代大統領エリツィンは、ロシアに自由な風をもたらすとともに、市場経済への体制移行の混乱を導いた大統領であるという。プーチンはその混乱を収め、社会秩序を取り戻す役目を負っていた。プーチン大統領が１９９９年８月に突如、首相として登場した時、ロシア国内においてもその存在への疑問が湧き上がった。しかし、２０００年３月の大統領選挙で、当時全く無名の存在だったが見事に勝利を収め、第二次大統領に就任した。プーチンの強味はＫＧＢ出身（中佐の肩書き）という、ソ連的な中央集権は体制の後継者であり
ＫＧＢでもエリートだったわけではなかった。軍事大国であり経済小国である現実と理想を理解し、バランスよくロシアの復活を進めるために適任者と言えるかも知れなかった。
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         <link>http://brics.johohouko.net/2007/05/post_59.html</link>
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         <category>20BRICs - ロシア情報</category>
         <pubDate>Sun, 13 May 2007 08:32:25 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>日本貢献の歴史</title>
         <description>日本とブラジルには、約１００年にわたる移民の歴史がある。現在はブラジルに大体１５０万人がいると言われる。海外では最大の日系社会が存在する。日系人のブラジル社会への貢献は大きく、これまで政界・官界・学会や産業界に活躍するほどの多くの人材を輩出して来た。１９０８年に開始された日本からの移民は、ほとんどがコーヒー農園での契約労働者として出稼ぎを目的とするものであった。しかし、第二次世界大戦が勃発すると、帰国する夢は完全に断たれてしまった。ブラジルでの日本人の信用度や信頼性を表す言葉に「ジャポネス・ガランチード」がある。意味は「日本人は保証つき」「日本人に任せておけば間違いない」ということである。これこそ日系人が苦難の道を歩み続けながら得た、努力のたまものである。ブラジル農業の発展・近代化に果した多大な重責であり、偉大な功績の証であると言って過言でない。日本の経済もブラジル経済発展に寄与している。</description>
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         <category>10BRICs - ブラジル情報</category>
         <pubDate>Sat, 12 May 2007 22:31:25 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>ブラジルとサッカー</title>
         <description>ワールドカップの全大会に出場している唯一のチームにブラジルが挙げられる。
５回の優勝を誇る世界最大のサッカー王国である。
プロの登録選手は５５万人いると言う。
これがブラジルの伝統的な強さの理由である。

ブラジルは２位では決して納得しない。
それほど、サッカーに対する思い入れは強い。


その原点は「ペラーダ」と呼ばれる路地裏の「草サッカー」である。
ボールさえあれば道具は何も要らない。
サッカー選手になるためには、「労力・家庭環境・貧富の差」は関係しない。
裸足の子どももいる。
道端でも空き地でも、ゴールの代りに石ころを置き、サッカーに興じている。
ブラジル人の子どもは、歩けるようになると、
おもちゃの代りにボールを蹴っているのではないだろうか。
ペレやジーコのように世界的に有名な選手にならなくても、
プロ選手になれば生活は安定する。

ブラジルの少年達にとって、最初に描く「夢」は、プロのサッカー選手になることだという。</description>
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         <category>10BRICs - ブラジル情報</category>
         <pubDate>Sat, 12 May 2007 16:28:40 +0900</pubDate>
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         <title>ブラジルと音楽</title>
         <description>ブラジルの音楽と言えば、サンバ・ボサノヴァが有名である。
最近では１０数年前に官能的なダンスと共に話題となったことのある
「ランバダ」がある。


ブラジルの音楽は多様である。その多様性を生み出したのは、
先住民の「インディオ」や数多くの移民たちとの形成によると見られる。

サンバは、ブラジルに連れて来られた黒人達がアフリカから
持ち込んだ音楽を基に生まれたものである。１９１０年代に最初の曲が作られ、
以後、数多くのヒット曲も出た。また、ラジオやレコードの普及で
国民音楽としての地位を確保するに至った。

有名な、リオデジャネイロのカーニバルの音楽としてサンバは定着した。

６０年代初期に流行り始めたボサノヴァは、都会的なクールさを感じさせ、
サンバと並びブラジル音楽の代名詞で、新しいスタイルの音楽として
受入れられた。

ボサノヴァが世界に普及したのは「イパネマの娘」の英語バージョンが
ミリオンセラーとなったことからであった。</description>
         <link>http://brics.johohouko.net/2007/05/post_57.html</link>
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         <pubDate>Sat, 12 May 2007 09:25:53 +0900</pubDate>
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