ロシアと科学技術
ソ連は、世界で初めて人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げ、世界で初めて宇宙飛行士ガガーリンの有人飛行を実現した。いわば、当時の宇宙科学技術における世界のトップランナーであった。そして、ロシアは旧ソ連の遺産を引き継ぐ科学技術大国でもあった。その後、ソ連は米国と宇宙科学の分野で力を競うとともに、核開発を進め大陸間弾道弾(ICBM)の開発に成功、米ソ冷戦時代をもたらした。先進的科学技術開発の鍵は、優秀な科学者の養成体制であり、ソ連では科学アカデミーを中心とした国家主導の研究体制が整い、優秀な研究者を大量に育成した。その基盤となるのが、ソ連式の高い教育水準で、ソ連時代の国民の識字率は99.8%と高率であった。ソ連崩壊後、研究者育成は国の混乱と困窮の中であと回しにされ、優秀な研究者の大量国外流出を招いた。ロシアの研究者数は1990年の約200万人から90年代後半には半分の約100万人まで減少した。