プーチン大統領とKGB
80年代後半に登場したゴルバチョフ書記長の指導の下に「ペレストロイカ(建て直し)」政策が進められた。91年8月の政変を契機として一気に崩壊が始まり、ロシア連邦第一代大統領エリツィンは、ロシアに自由な風をもたらすとともに、市場経済への体制移行の混乱を導いた大統領であるという。プーチンはその混乱を収め、社会秩序を取り戻す役目を負っていた。プーチン大統領が1999年8月に突如、首相として登場した時、ロシア国内においてもその存在への疑問が湧き上がった。しかし、2000年3月の大統領選挙で、当時全く無名の存在だったが見事に勝利を収め、第二次大統領に就任した。プーチンの強味はKGB出身(中佐の肩書き)という、ソ連的な中央集権は体制の後継者であり
KGBでもエリートだったわけではなかった。軍事大国であり経済小国である現実と理想を理解し、バランスよくロシアの復活を進めるために適任者と言えるかも知れなかった。